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高速バス 名古屋は欠かせない

1960年頃から新婚旅行はデラックス傾向になりはじめ、行きか帰りのどちらかに飛行機を利用、列車は一等席、宿はパス・トイレ付きを条件とする旅行が増えてきた。 行き先では、南紀、九州、伊豆の順で、この3カ所だけで新婚客の9割、あとの1割が東北、北陸などに行った。
その後は飛行機の利用がさらに増加し、とりわけ南九州は新婚旅行地として急成長を遂げた。 Jが1969年から始めた新婚旅行先ランキングでは1969年から76年までの8年間、九州と南九州は一位を保ちつづけていた。

1972年に沖縄が返還され、1975年には沖縄K会が開催されたのを機に、新婚旅行の行き先として沖縄や離島が注目されるようになる。 また、1977年の新東京国際空港開港によって、海外への新婚旅行が急増し、J調査によると1979年の秋には海外が国内を上回り、行き先では沖縄を抜いてハワイがトップとなった。
2002年秋の海外シェアは約98%、行き先は上位からハワイ、ヨーロッパ、オーストラリアの順である。 沖縄K会で、参加国は36カ国、会期183日間の入場者は約350万人であった。
日本における海外旅行の歴史は、海外観光渡航の制約が大きく緩和された(観光渡航のための外貨の買入れが認められた)1964年に始まったといってよい。 この年はいわゆる海外旅行自由化元年である。
自由化といっても当時は、観光渡航の外貨の買入れは一人一年一回限り、500ドル以内、為替銀行限りの承認というように制限が非常に厳しかった。 この制限は次第に緩和されてその後、1980年12月からは日本円の持ち出しは500万円まで認められることとなった。
自由化当時の年間出国者数は12万8000人、対前年比27.7%増と、自由化前の1960年から63年までの3年間の年平均増加率9.5%を大きく上回ったその後、相次ぐ航空会社主催のパッケージツアーは1964年の「Pボタン」(S航空)だといわれているが、海外旅行をより身近なものとしたのは当時のN航空が1965年に発売を開始した「Jパック」であろう。 わが国で最初のパッケージツアーに対抗するように旅行会社主催のパッケージツアーが相次いで登場する。
N社(現J)とN航空の共同主催による「L」の商品発表は1968年である。 言葉にも不安をもつ当時の日本人海外旅行者にとって、旅慣れず、パッケージツアーがもたらす安心感は大きな魅力であった。

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